2012-01-18

MITメディアラボ所長 伊藤穣一氏、就任後日本初講演

日本人として初めて米マサチューセッツ工科大学ーMITのメディアラボの所長に就任した伊藤穣一氏が1月17日、東京・汐留の電通ホールの開催された「MIT Media Lab @Tokyo 2012」で講演した。

 日本で一般から広くゲストを集めたイベントは今回が初。イベントのテーマは「The Power of Open, Scaling the Eco System」。MITメディアラボ創設者のニコラス・ネグロポンテ氏を初め、多くの研究者や日本からのスポンサー(メンバーと呼ぶ)が会場に集まりセミナー等を実施した。それではオープニングの挨拶として講演された内容をお伝えしよう。

“インターネット前”と“インターネット後” MIT Media Lab 所長・伊藤穣一

 ありがとうニコラス。ニコラスの話にも出てきましたけれど、メディアラボというのは25年以上前に創業されて、そこで皆さん25年前を思い出して頂きたいんですが、まずインターネットがあったんですね。

 メディアラボの中でインターネットの初期の色々なアイディアやイメージを出しデザインをしてきたんです。それから25年間メディアラボは進化してきているわけです。

 ちょうど面白い分岐点があって、自分の人生もそうですし、我々人間の文明もみんな“インターネット前”と“インターネット後”で分けることができると思うんですね。これが今日のテーマです。

 インターネットがどんだけ我々のイノベーションだとか社会にインパクトを与えるものであることを深く考えて行きたいと思うんですよ。一つ重要なポイントは、インターネットは技術ではないということ。

 インターネットというのは一つの哲学。先程のニコラス・ネグロポンテの話にもあったようにインターネットは技術だけではなくて、全体的にアートの部分だとか社会の部分も考えてやっていかないといけない。インターネットは我々の進化に影響を及ぼしていて、始めに言ったように僕は世の中は2つに分かれていると思うんです。BIとAI。BIはBefore Internet、AIはAfter Internet。

 まずはBI(インターネット前)の話。世の中は比較的シンプルだったんですね。プロダクトも例えばウォークマンのような時代を代表するものも比較的に独立した存在だったわけです。

 ニコラスがメディアラボを創った時は、カメラとカメラマン、人間とコンピュータだとか個人をいかにエンパワーするかということがその時代の課題だったわけです。

 それがネットワーク時代になってくると、世の中が比較的複雑になってきて、プロダクトがエコシステムになってきて、だんだん構造が変わってくるわけです。

 これが従来のBIのイノベーションのやり方です。

 今でもこれは使われていますけど、大体大企業や国が世の中で一番頭のいいエキスパートを集めて、僕が過去インターネットに関する活動をやっていた頃はCCITTと呼ばれていたITUのような国際機関で議論をして、あらゆるリスク、あらゆる可能性を全部プランニングして、それを総てをぶ厚いスペシフィケーション(仕様書)にまとめるわけです。一人の人間が消化しきれないほど複雑なものです。

 現在の携帯電話のネットワークであるとかインフラに関連するITというのは今もこのような手法でやられているわけです。これを大企業がソフトウェアやハードウェアを開発し、消費者が利用し消費し、税金に課せられるというもの。ゆるやかに何年もかかるきちっとしたシステムで、これが従来型の開発プロセスです。

 ソフトウェア開発の世界はよくウォーターフォールという言葉が出てきます。仕様書を決めて何年もかけて開発していくというもので、作ったものをクオリティチェックをして出荷する。インターネットのイノベーションと全然違っているんですね。

 インターネットはみんながまずつながっていて、そしてみんなが議論しながらどんどん作っていく。これはフラットな構造で “規格” 呼ばれるものはとても薄っぺらいもの。

 その一方、インターネットエンジニアリングタスクフォース(IETF)という機関があって、インターネットのネットワークの仕様などを決めるのだけど、彼らはリクエストフォーコメント(Request for Comment:RFC)とう規格でコメントの応募を受けてディスカッションに参加しみんなで決めていくんです。とても謙虚ですよね。

 これは完全な分散型です。だから、皆さん覚えているかどうかわからないですけれども、1980年代後半のインターネットの誕生の頃、CCITTという機関がH.25というパケット通信ネットワークを作っていて、それとすごく似ているんです。

 H.25もインターネットもアメリカから生まれていてとても似ているんですが、一つは中央管理型の政府主導型の規格で、もう一つは完全な分散型でMITやスタンフォード大といったアカデミックな機関によって開発されていったどちらかというとボトムアップで構築されていった規格。それが最終的には後者のインターネットが勝つわけです。

 この時代は、高橋徹さんだとか村井純さんなどが日本にインターネットを持ち込んでいて、そのな最中、「インターネットは違法だ」とか「誰も責任取れないネットワークなんてあり得ない」とか学者なんかが書くわけです。

 おもしろいのが、ヨーロッパはインターネットが遅れるわけです。アメリカは最初からインターネット。日本は日本的に口では「CCITTだ」といいながらインターネットをやっていたり、その中で電話会社の中ではNTTが比較的早くインターネットを取り込んでいて、日本もインターネットに乗り遅れなくて済んだわけです。

とにかくコードを書け

 これは何かというと中央管理型イノベーションと、分散型イノベーションの競争で、分散型が勝つわけですね。これはどういうことかというと、今までは権力を持っていた人が勝つわけですね。その時代はモデムなどでも国の認可がないとネトワークにつなげられなかった、すごい大組織の人しかイノベーションに参加できなかった。ベンチャーや学生などは通信なんていじることもできなかった。

 これっていうのは色々な影響があるのですけれども、さっきニコラスはアーティストと技術の関係性が重要だといいました。レッシグ教授はcodeという本の中で、ソフトウェアは法律とほぼ同じで、アーキテクチャは政治に似ている、従ってソフトウェアを開発する人は法律や社会に対するインパクトを考えることができると述べている。この本を読んだ若い技術者から「政治なんて考えたくない」と言われるのだけれど、彼は「技術だけを考えることはできない」と返すのです。

 彼はMITにいるDavid Clarkという人で、インターネット一番最初のアーキテクチャーのボードにいた人で、彼の言った言葉で「Rough Consensus, Running Code」=「ゆるやかな合意でとにかくソフトウェアを書け」というもの。

 今までの中央管理型というものは、あらゆる全てのリスク、あらゆる可能性を設計して作っていく。そうではなく、とりあえず作ってやりながら考えるというもの。この発想はニコラスが話していたメディアラボの哲学にちょっと似ていて、あんまり一生懸命考えて企画し過ぎるのではなくて、とりあえずやってみようというもの。これはインターネットの遺伝子のようなもの。

彼はDavid Weinbergerという先生で。「Small Pieces Loosely Joined」小さなパーツでゆるやかに勧めていくと言っている。

 インターネットで本当に影響のあるチームは、大体が少ない人数でやっている。ウェブブラウザにしてもTCP/IPにしても、Twitterのようなサービスにしても、とっても少ない人数で大学やベンチャーの中で開発し、オープンなプロトコルの中でゆるやかに育っていく。

 もう一つ重要な観点というのは、一人一人が作っているというものは「自分が想像した以外の使われ方を喜ぶ」というところ。これは、そう中央管理型と逆のもの。中央管理型というのは、自分達が想定していない使われ方を拒否する。インターネットの考え方というのは自分が想像できないことが色々あるだろうというというもの。Twitterなどはまさにそう(そもそも行き先伝言板として開発)。そういうネットワーク型の作り方というのが「Small Pieces Loosely Joined」ということ。

 日本人として初めて米マサチューセッツ工科大学ーMITのメディアラボの所長に就任した伊藤穣一氏が1月17日、東京・汐留の電通ホールの開催された「MIT Media Lab @Tokyo 2012」で講演した内容を前編・後編に分けてお伝えする。

 前編の締めくくりとして、インターネットで本当に影響のあるチームは、大体が少ない人数でやっている。自分達が想定していない使われ方を受けいれ、ゆるやかに育っていくという話があった。今回はその続きから。
想定外を許容せよ、 MIT Media Lab 所長・伊藤穣一
 これがどういう影響を出すかというと、今度はコストを下げるわけです。余計なものがなくなってきて、パソコンが安くなってネットワークが安くなって、そうすると開発や流通、コラボレーションのコストがものすごく安くなる。何が起きるかというと、リスクが下がるわけですね。

 1個のアイディアにトライするリスクが低くなる。するとイノベーションコストが下がる。イノベーションコストが下がると、大企業でやる必要性は何かというと大きな資金を集めるということに尽き、大学だとかベンチャーでできるようになってきて。インターネットが生まれてくると、いろいろなところでイノベーションが起きてくるというわけになる。

 さっき(前編)のニコラスさんの話とつながってくるのですが、大企業の頭の中というのはこのようになっているわけです。

 大企業というのはリスクが一番心配。コストがオーバーするとか、受注は受けたけど時間がかかり過ぎたとかは、とてもリスクが高い。だけど売上はちょっと上げるとかマージンを取るとか上げることはできる。どっちかというと売上中心じゃななくて管理型、特に最近の日本を見ているとコストカット型の経営がすごく多くて、イノベーションやプロダクトの方で攻める会社というのは大企業ではすごく少ない。

ベンチャーキャピタルの人の頭の中はこのようになっている。

 昔はソフトウェアを作るのに数十億円がかかったのでベンチャーとはいえ比較的お金がかかったのだけれども、今のほとんどのソフトウェアの会社は英語で「Minimum Viable Products」といいまして、最小限のプロダクトを出すために大体三ヶ月くらいでできちゃう、ヘタすると三週間でできちゃう。そうなると投資を受ける前にとりあえずプロダクトが作れちゃう。

 投資をする側から見れば、要するにプログラムがどうなっているかを見てからすることができる。僕が投資している金額というのは一つあたり一千万くらい。一番損をするケースを考えてもそれ以上は損をしない。つまり下限リスクはリミットされた状態になっている。

 Venture Capitalistの平均所得は億単位なので1社で一千万投資して、それを半分リスクを回収しようとすると取り立てにいくコストが合わないわけですね。うまくいかない会社は、「じゃ、がんばって」と言ってどちらかというと「Possible UpSide」を考えるわけです。例えばFacebookに300万投資していたとしたら、今は300億以上の価値になっている。これが一歩当たると、「Possible Downside」全部あわせてもそれを上まわる金額が回収できる。従ってVCはとてつもなく伸びる会社を助けるところに集中するわけです。

 どれが当たるかというのはわからないのですね。VCも投資家も投資する前に “どれが当たる”ということはわからない。うまくやりながら、それは分かってゆくもの。例えば企画書でいうと、WikiPediaの最初の企画書を想像してみてください。「世界で一番の百科辞典を作ります」「世界でトップ5のアクセスを持つウェブサイトを作ります」「作り方は誰でも編集できる」ーーそんなの誰も投資はしませんせよね。

 結局、結果的にすごく伸びるというのは多くて、ほとんどのベンチャーがそうなっている。そうなると、色々なことをやってみて、その中でうまくいくものを応援するというのがVenture Capitalistの頭の中で、これがインターネットのイノベーションのリスクの形なのですね。

 彼は、John Seely Brownというのですが、Xerox PARC (パロアルトリサーチセンター:著者注) EthernetやApple Macintoshの原点とも言えるOSなどを開発した伝説的研究所)の創業者なんですね。彼は「The power of pull」という言葉を使うんですね。これは何かというと、今までの会社というのは知識だとか知的財産だとかお金とか権力を蓄積して、その力で物を動かしたり、企画を運営したりする。

 「The power of pull」というのは必要な時にしかネットワークからリソースを引っぱってこない。必要な時に引っぱってくる。今の試験だと、どれだけ頭に知識を蓄積できるかということになっているけれども。インターネットの時代だから、どこにあるか分かればいいし、探し方、学び方、どういう人に聞けばいいかというスキル、コラボレーションスキルの方が重要。必要ならネットワークから引っぱってくればいい、それは情報もそうだけど、お金もそうだということになる。お金が必要なったら投資家から集めればいいわけで、お金を一杯抱えて「これ、どうしようか」といってもうまくいかない。

 このような哲学もインターネット的だと思うのですが、こういった話にも「何が起きるかわからない」という点がつながってきます。今回の震災だとか、ファイナンシャルマーケットのいろいろなことだとか、ほとんどの世の中の重要な事件というのは想定外。想定されていたとしても企画通りいかない。

 今は企画を立てて大事にするよりも、発生してからでも遅くなくて、むしろそのほうがアジャイル(機敏)なシステムできる。ものすごく複雑なっているものはコストが高い。中央管理型の人たちは全部知らないと安心しない。インターネットをやっている人達は全てを知らない。自分の周りの面倒を見ていれば何とかうまくいく。つまり地図を求めるのではなくて、コンパスを求める。それが僕のイメージです。

 例えばYouTube。2005年の画面です。

 出会い系サイト。わたし男、誰でもよくて18歳から45歳、ビデオをアップロード。これが当時の彼らの企画だったわけですね。これを2年かけて出したとしたら多分失敗していたでしょう。彼らはこの企画の後、Flickr(写真共有サイト)のビデオ付きサービスを出してダメで、どんどん出していったんですね。それで(著者注:当時はFacebookをしのぐ力があった)MySpaceが成長をし続けているというので、MySpaceと一緒に伸びようとしてうまくいったのですね。

 アジャイルというのはとても重要で、こういう企画で投資家からお金を集めて成功しよう!といたら絶対失敗している。ほとんどの成功している会社というのは一番最初の企画と、最終的に成功した企画というのは全く違うものになっている。我々投資家をやっていても、最初の企画がうまくいくとは思っていない。大企業で企画を変更すると大変なことになる。そのアジリティ(Agility)をどう備えていくかという話になる。

 あと、英語で僕が好きな言葉に「セレンディピティ(Serendipity)」という言葉があります。これは偶然性という意味もあるのだけど、それよりも偶然に起きることなくなんとなくこううまい方向に偶然が起きる。色々な偶然は起きるのだけどチャンスが訪れる。何が違うかというと企画に対して下を向いている人と、常に周りを見ている人との違いだと思うのですね。


MIT Media Labの話

 メディアラボは、学位はMedia arts and Scienceというものです。この「Arts」が重要なのはAアーティストと技術者を一緒にすることにものすごい意義がある。これはニコラスがファンドレイズをして、マキさんが設計した素敵なものです。

 ニコラスは建築学科を出ていて、設計者はコンピュータを使ったCADで設計をしているという、ルーツは建築であって、今のメディアラボも建築学科の下にあるわけです。建築家というのは学者のようにまず議論するのではなくモデルを作るわけですね。そのモデルを見ながら議論する。

 それとラボにはアトリエというものがあって、ここでお互いのスペースを見ながら研究が行われていくわけです。とりあえずこの真ん中でものを作る。その周辺にオフィスがある。

 メディアラボは1985年に設立され、現在は26人のFaculty(教員陣)がいて、一人ずつグループを持ち、その下に学生が3、4人ぶらさがり、140人くらいの学生と300以上のプロジェクトで、70社以上のメンバー(スポンサー)がいて大体35億くらいの予算で運営している。

 キーとなるのはMultidisciplinary(多角的な)。ニコラスがFacultyサーチで、新しい人を2人探しているのだけど、彼は「」という言葉を使っていて、とにかく一つの学問に拘っていない。そしてとにかく物を作れるということ。例えば経済なんかの議論をするにも、まずはモノを作る。モノを作って議論するというプロセスを踏む。そこで重要なのは、例えば経済に興味ある人と、アートに興味ある人と、建築や都市と未来に興味がある人がいたとしても、モノを作ればリゴラス(rigorous:精密、厳密)な議論ができるわけです。論文だけで議論するとそうはいかない。

 ニコラスが良く言うことですが「Divergence」「多様性」。メディアラボでは、ほとんど全ての先生は違う学問を持っています。それぞれが深い学問をもっているわけですが、それぞれが横でコラボレーションする。ただ、単に化学と物理学部が交流するのではなくmultidisciplinaryのアプローチ。

 After Internetの世界に持ってくるために、メディアラボのコンテナっぽい要素をプラットフォーム化しネットワークを構築したい。25年前に比べプロダクトがエコシステムになっているので、今まではある研究をあるスポンサーしプロダクトとして出すというのがプロジェクトのメインであったけれども、これからは異業種の会社が一緒になってメディアラボをプラットフォームとして、お互いがコラボレーションをして、新しいエコシステムを作っていくという形にしたネットワークを構築していきたい。


蛇足:僕はこう思ったッス

「まずコードを書け、その上で議論し、どんどん進化していく」という話。僕は15年ほど前から「エコシステムのある編集部」「プラッフォトームメディア」というのにトライしたいと思っていた。現TechCrunchJapanの西田さんにCMSの話をしながらそんな話をしたこともあると思う。つまり、CMSとSNSのが普及することで、ウェブの役目はプラットフォームになると思ったのだ。その理想は今、TechWaveで少しずつ実現している。編集のエコシステム、読者を巻き込み、オンラインとオフラインを融合した本当の意味でのミディアムなメディアだ。単にメディアとリアルイベントという関係のみならず、そもそもソフトウェアやサービスも媒介の一部だと僕は思っている。この辺の話は編集部3人でも共有することは難しい面もある。ただこの講演で気がついた。まずやってみる。結果がでたら議論する。それがベストなのかもしれない。それと前編に引き続き恐縮だが、アートと技術者の話が出てきているが、実は僕の肩書「イマジニア」は想像する人と技術者を合成した言葉で、米ディズニーで実際に使用されていたりする。[ [ [ MBAレベルのスタートアップ養成講座 まもなく開講 ] ] ]

増田(maskin)真樹 8才でプログラマ、12才で起業。18才でライター。日米のIT/ネットをあれこれ見つつ、生み伝えることを生業として今ここに。codeが書けるジャーナリスト。1990年代は週刊アスキーなど多数のIT関連媒体で雑誌ライターとして疾走後、シリコンバレーでベンチャー起業に参画。帰国後、ネットエイジで複数のスタートアップに関与。フリーで関心空間、富裕層SNSのnileport、@cosme、ニフティやソニーなどのブログ&SNS国内展開に広く関与。坂本龍一氏などが参加するプロジェクトのブログ立ち上げなどを主導。“IT業界なら場所に依存せず成功すべき”という信念で全国・世界で活動中。イベントオーガナイザー・DJ・小説家。 大手携帯キャリア公式ニュースポータルサイト編集デスク。スタートアップ支援に注力、メール等お待ちしております!