2011-12-01

2年ぶりの訪中でほぼ確信 中国に抜き去られた日本

上杉 隆


 オメガ・ミッションヒルズW杯の取材で中国に行ってきた。

 オリンピック年に重ならないよう、隔年で開催されているゴルフの国別世界大会である。

 今回で56回目を数える伝統的な大会は、中国本土では4回目の開催となる。

 一回目を除いて、そのすべてに参加している筆者としては、この国の変貌ぶりに毎回驚かされている。

 それは今回も例外ではなかった。その思いは、大会を主催しているスイスの時計メーカーであるオメガの幹部も同様だったようだ。

バブル期日本をも凌ぐ

ゴルフ場建設ラッシュ

「回を重ねるごとにずいぶんとよくなってきた。とりわけ、中国人ギャラリーのマナーの向上が著しい。中国国内では、スポーツとしてのゴルフが定着し始めているのだろう。前回大会までは中国全土で200弱だったゴルフコースも、現在では600に迫る勢いだという。近い将来、それが1000にも、2000にもなることも『夢』ではないだろう」

 自身もゴルフ好きのステファン・ウルクハート本社社長は、最近お気に入りだというオレンジ色の靴紐を軽く揺らしながら、目を輝かせてこう語った。

 実際、中国のゴルフ熱は凄まじい。バブル期の日本を凌ぐような勢いでゴルフ場が建設されている。北京空港から大会の開かれている海南島に飛び立つ飛行機の窓からは、2年前までは存在しなかったゴルフコースがいくつも見えた。

「前回までは深センだったが、今年からは海南島に会場を移した。現時点で20コースを持つ、世界最大のゴルフリゾートだ。そこに世界中からトッププロたちが集まってくる。もっと盛り上がってもいいはずだ」

 ウルクハート氏の不満は、このW杯大会が思ったよりも盛り上がっていないことだという。2016年のリオデジャネイロ・オリンピックの正式競技にも決まっているゴルフだが、確かに、英国、米国、豪州、日本を除けば、それほど一般化されているスポーツとは言えないのかもしれない。

 だが、比較的富裕層でしか楽しまれていないという点を除けば、サッカーと並んでゴルフは、圧倒的に世界スポーツであることは間違いない。

「オメガは、PGA・オブ・アメリカの権利を買い、来年からはライダーカップのスポンサーにもなったんだ。アジア軽視だって? とんでもない。ゴルフはオリンピック競技でもある。世界中に健全なゴルフ文化を広めるためにこれからもチャレンジを続けていく予定だ。だからこそ、こうやって中国で世界大会を開いている。中国はきっとゴルフ大国になる。いまはその過程といえるだろう」

 確かに中国の急成長は、このW杯にやってくる度に肌感覚で思い知らされる。

たった2年前との比較でも

観戦マナーは急成長

 わずか2年前までは、試合中にもかかわらず、ギャラリーの携帯電話が鳴りまくっていた。選手が打とうとする度に、コースのあちこちで騒々しい呼び出し音が鳴り響いたものだった。しかも、彼らはそうなったとしてもまったく動じることはない。驚いたことに、みな平気な表情で携帯電話に出て、大声で通話を始めるのだった。

 最終日、とうとう我慢の限界に達したイワン・ポールター(イングランド代表)は、放送禁止用語を連発して、ギャラリーを怒鳴りつけたほどだった。

 ところが、今回はそうしたマナー面でも明らかに様子が一変していた。ポールターがラウンドしている最中、携帯電話の音に悩まされることはなかった。もちろんギャラリーのマナー違反もない。最終日の最終ホール、ポールターは上機嫌でボールを中国人ギャラリーの方に投げ入れると、満面の笑みでコースを去ったのだった。

 中国人ギャラリーでいえば、明らかな変化がもうひとつあった。それは服装である。

 前回までは明らかに動員されて、ゴルフのルールも知らないのにコースにやってきているような人々が多く散見された。そうした人々は大抵、草臥れた作業服か、あるいは安物のジャージに身を包んで、好き勝手に芝の上を歩いていたものだった。なかには人民服のようなものを着ているギャラリーもいた。

 ところが、今回は少なくともそうした姿のギャラリーは皆無だった。より洗練された、というよりも、日本人ですら少しばかり躊躇するような高級ブランドに身を包んだ富裕層が大量にコースに押しかけていたのだ。

 そして彼らの大半はゴルフという完全に競技を理解し、マナーのよいゴルファーとして観戦しているのだった。

滞在したホテルの質も

ハード面だけなら日本を圧倒

 そうした変化は、滞在したホテルリゾートでも感じられた。日本では考えられないような超大型ホテルが全室、ラグジュアリー仕様なのである。客室内の居住性、豊富なアメニティグッズ、シャワーやトイレなどの水回りの快適さ、どれをとっても日本の高級ホテルに引けを取らない。いや、ハード面だけを考えれば、むしろ圧倒的に勝っているのである。

 中国のホテルビジネスは、早くもその成長の過程で、ハリボテを連想させるような表面的な豪華さだけを追求するような時期からは脱却したようだ。もはや資金力や潜在力からも、日本のホテルビジネスが追い抜かれたのではないかと思わせるほどの変化である。

 ただ、ソフト面での課題はやはり残る。だが、それもすぐに変わることだろう。

 少なくとも、前回、中国を訪れた際に閉口した過剰なチップ要求が影を潜めるばかりか、今回の滞在中、ただの一度もチップを求められたことはなかった。それはホテルでも、空港でも、ゴルフ場でも同様だった。

「もはや日本は中国に抜かれたのではないか?」

 ここ数年来の筆者のこの疑問は、今回の訪中を経て、ほとんど確信に変わった。

 私たち日本人は現実を直視しなくてはならない。中国を潜在的に敵視している間にも、当の中国自身が大きく変化し、少しばかり先を歩みだしたようだ。

 原発事故で足踏みを強いられ、これから放射能との長い戦いを余儀なくされている日本と、圧倒的な国力を背景に未来に向けて急成長を遂げようとしている中国。

 歴史的にも、文化的にも、地政学的にも両国の関係は不可分だ。だからこそ、日本は中国とともに歩まなければならない。

 ゴルフにおいては、あと10年もすれば中国人選手が世界のトップで活躍している日々がくるだろう。そうした雰囲気は世界中を飛び回っているプロゴルファーたちが誰よりも敏感に察しているようだ。

 すでに欧州ツアーは中国ツアーを組み込んで連携を果たしているし、米国のトッププロたちも、日本よりもむしろ中国での試合を優先するようになっている。

 マルマンの販売している18金製のゴルフクラブセットは中国で飛ぶように売れている。また、同社の最高級ブランド「マジェスティ」も中国からの注文がもっとも多いという。

 世界のゴルフ地図が変わろうとしている。それは他の国の例をみれば、容易に推測が可能だ。

 その善悪は別として、ゴルフほど、国家の経済力と国民の豊かさに直結するスポーツはないのだ。ゴルフの普及は、一国の経済発展と国民の豊かさに密接な関係があるというレポートもあるくらいだ。

 いよいよ、中国が目覚めたようだ。ゴルフというスポーツがはっきりとその未来を教えてくれる。