未来学者として『未来の衝撃』『第三の波』『パワーシフト』『富の未来』など数多くのベストセラーを世に送り出してきたアルビン・トフラーとハイディ・トフラー夫妻は2010年、『未来の衝撃』刊行40周年を迎えたことを機に、「今後の40年を左右する40の変化」(英題は「40 FOR THE NEXT 40」)を発表した。これは、世界各地で政治、経済、社会、テクノロジーなど分野ごとに行った分析調査をベースに導き出された予測であり、国家や企業そして個人が未来を左右する原動力を知り、いかに生きるべきかを考察するための道しるべともなるものだ。ここでは、トフラー夫妻の右腕であり、報告書作成を担当したトフラー・アソシエーツのマネジングパートナー、デボラ・ウェストファル氏へのインタビューをお届けする。その前に、この貴重な報告書の骨子に目を通していただきたい。
アルビン・トフラー(Alvin Toffler)
アメリカの未来学者。1928年ニューヨーク生まれ。世界的ベストセラーとなった『未来の衝撃』(1970年刊)『第三の波』(1980年)『パワーシフト』(1990年)『富の未来』(2006年)など著書多数。中国の「人民日報」は、現代中国の形成に貢献した50人の外国人の1人に同氏を挙げている。
<政治分野>
●世界各地でリーダーシップが交代することによって、(政治の)目標や関係性が激変する(補足(※)今後3年間で約80カ国において大統領選が行われる/国家のリーダー的な地位に就く女性が空前のペースで増える/世界各地で宗教グループが政府に進出しようとする)
●世界における国家パワーは、誰がどこでそれを行使するかという点において、ますます多極化する(※ブラジル、中国、インドの経済はますます米国・EU中心ではなくなっていく)
●非政府的存在のパワーが高まり、国家のパワーや影響力により広く挑戦するようになる(※ここでいう非政府的存在とは、プライベートセクター、NGO、宗教グループ、国家を上回るリソースを持つことで非常に大きな力を与えられた個人“hyper-empowered individuals”等を指す)
●社会貢献資本家(philanthro-capitalists)が、世界的スケールで影響力とパワーを行使するようになる(※ビル&メリンダ・ゲイツ財団のような組織がやがては、第三世界諸国における教育や疾病根絶では、国家組織や多国間組織よりも大きな影響力を持つようになる)
<社会分野>
●急速な都市化と世界規模の人口移動によって、メガ都市が生まれる。
●世界の人口と人口構成の変化が、国家の財政的、社会的、経済的な重荷となる(※先進諸国の人口は、本国生まれの高齢者と他国から移民してきた若年層で構成されるようになっていく)
●ソーシャルネットワークは、新しい方法による影響力行使を可能にしていく(※政府や企業はそれまでつながることがなかったコンタクトに触れることになり、それによって新たなリスクに晒される)
●消費者が選択を動かすようになる(※コミュニケーション技術やソーシャルネットワークがますます影響力を持つようになり、製品やサービスの提供において決定的ファクターとなる)
●組織が不適切な行為を隠すことは不可能になる(※情報量が急速に増えることに加えて、プロフェショナル・コンシューマ向けの分析ツールが“拡散”することで、前述したhyper-empowerd individualsが組織の行動を見張り、その情報を他者に伝えやすくなる)
<経済・ビジネス分野>
●中国は、長期に渡り、世界的な経済パワープレイヤーであり続ける(※通貨の分野ではブラジルやインドなどの新興国とチームを組み、エネルギーや原材料の分野ではベネズエラやアフリカなどの他国とパートナーシップを組む)
●南米は、長期に持続する経済成長によって姿を変える(※国際的な影響力を回復させるほか、ベネズエラのような国が域内での米国の影響力に挑戦する)
●無用知識のコストが高くなり、国際競争力に影響を与えるようになる(※無用知識=OBSOLEDGEとは、obsolete(役に立たない)とKnowledge(知識)を合成したトフラーによる造語。全ての知識には寿命があり、どこかのポイントで無用になっていく。しかも無用になっていくペースは加速する。知識を新たなものに保つためのコストは上昇し、意思決定に影響を与える)
<テクノロジー分野>
●イノベーションのためのオープンなネットワークが、世界中の専門家への迅速なアクセスを可能にする
●プロセシングとストレージの新技術が、情報処理の方法を根本的に変える(※世界はペタバイトの時代に入り、10~15年以内に量子コンピューティングが現実的な可能性を帯びる)
●大量生産は、複雑な製品・サービスのオンデマンド・カスタム生産に取って代わられる(※小さく俊敏な企業が顧客の関心を集めることで、大メーカーと効果的に競争していく)
●企業は、「コネクター」となることによって、その価値を高めていく(※企業は引き続きアップルのiPhone型の価値創造を追求する。すなわち製品をクリエートするのではなく、市場をホストし、生産者と消費者をコネクトすることから収益を上げる)
<環境分野>
●エネルギー競争は激化し、国家権力を変動させる(※エネルギー資源は経済戦争の中で影響力を及ぼすための“てこ装置”として使われる)
●気候変動は、脆弱な国家にとって紛争の種となる(海面レベルの上昇に伴う領土の喪失によって引き起こされる人口移動が原因で、紛争が起きる)
さて、トフラー夫妻が設立したトフラー・アソシエーツは、こうした未来の波にどうすれば乗ることができるか国家や企業などに対するアドバイスを行っている。では、「今後の40年を左右する40の変化」報告書作成を担当した同アソシエーツのマネジングパートナー、デボラ・ウェストファル氏へのインタビューをお届けしよう。
デボラ・ウェストファル(Deborah Westphal)
2007年からトフラー・アソシエーツのマネジングパートナー。約60人の調査分析コンサルタント部隊を率いる。ウェブスター大学大学院修了。
――「40の変化」からいくつか具体的に解説をお願いしたい。政治分野では「非政府的存在のパワーが高まり、国家のパワーや影響力により広く挑戦するようになる」という項目がある。その中で「高度にエンパワーされた個人集団(hyper-empowered individuals)」が果たす役割の重要性が語られているが、そもそも「高度にエンパワーされた個人集団」とはどんな存在なのか。
たとえば、1人の人間が何100万人ものフェイスブックのメンバーを喚起して、何らかの運動を起こすようなことだ。これはいい意味でも悪い意味でも起きる。テクノロジーの仲介によって個人がエンパワーされ、仲間を見つけていくのだ。あるいは、NGOの数が増えていることも同じだ。数年前、インドには一握りのNGOしかなかったが、今では50万ものNGOがそれぞれの影響力を行使している。これは、インド一国での話だ。ここで見られるのは、国家という存在からこうした組織にパワーがシフトしているということだ。
――なぜそうしたことが起こっているのか。NGOは政府よりも柔軟に行動できるからか。
テクノロジーによって知識を得て、他人ともコネクトできるという可能性を手にした人々が力を得た結果だ。今や、地球上の誰とでもコネクトできる状態になったと言っても過言ではない。これを起点に、これから真のエンパワーメントが生まれる。
フェイスブックひとつとっても、今はただおしゃべりをネットに上げているに過ぎないが、世界や地域の深刻な問題を解決するために、あるいはセキュリティのためにこうしたネットワークが集結することも考えられる。
――非政府的な存在が大きくなった時、政府はどのような存在になるのか。
政府は、その時々に社会から求められる要望に応えられるように変化するしかない。なぜ政府があるのか、政府の目的は何かについて今多くの疑問が出ているのは周知のとおりだ。いずれ、基礎工事をやり直すような時期がくるだろう。根本的な変化が起こるだろう。政府はこれまで信頼を置いてきたルールが未来においては通用しないことを思い知らされるだろう。既得権にしがみついて同じことをし続けるのではなく、鍬を持って未来の大地を耕さなければならないことを理解する必要がある。
――同じ政治分野で「社会貢献資本家(philanthro-capitalists)が、世界的スケールで教育や疫病根絶などに影響力とパワーを行使するようになる」としている。象徴的な例として、ビル&メリンダ・ゲイツ財団の存在を挙げているが、つまりこれは巨額の資産を持つ個人が影響力を増すということか。
金だけの力とは限らない。同じ政治分野で「スマートパワーが、国防上の問題の解決に活用される」と予測したが、貧困問題、政治不安、移民問題、若者の雇用問題などは、もはや軍事力や金の力だけでは解決できない。知識やスキルなど他のスマートパワーによって、道路や水道を整備し、国の経済力を高める必要がある。そうした意味で、政府だけでなく、企業、NGO、個人などが協力するということだ。
――テクノロジー分野では、「イノベーションのためのオープンなネットワークが、世界中の専門家へのアクセスを可能にする」という項目がある。オープンネットワークによってイノベーションが進められるようになると、企業自体はどんな組織になるのか。小規模なものでいいということか。
その企業のコア自体は残るが、ピラミッド構造ではなくパンケーキ構造になるだろう。それが、外部も含めたネットワークに組み込まれるということだ。その企業のコアの強みが1枚のパンケーキとなり、複数あればそれが積み重ねられる。その中でのリーダーの素質は、これまでのマネージャ的なものからコーチやメンターのようなものに変化するだろう。つまり、ボスではない違ったタイプのリーダーだ。それに応じて、管理や業績を測る基準も変わる。これまでとは異なった素質、プロセス、管理方法、構造が求められる。これを可能にするためには、膨大な量の才能を活性化させなければならない。
――大企業は存続するのか。
依然として存在し続けるだろう。すべてが小さくなるわけではない。ただ、その企業の財産は何か、その企業がどう評価されるのかは変化する。これまでは売り上げや利益、規模、どれだけの資産を持つかによって、つまり産業的尺度によって測られてきたが、未来においては、世界が抱える問題をどう解決するかによって評価されるだろう。見えないものが、その企業の財産を測る要素として入ってくるわけだ。
――興味深い項目が、経済分野で挙げられている「無用知識(obsoledge)」だ。知識がすぐに陳腐化して無用の知識になるので、「知識を新たなものに保つためのコストがグローバル競争の要になる」というものだ。どうすれば、そのコストを低く保てるのか。
無用知識とは、物置に打ち捨てられたガラクタのようなものだ。もう使わないが、捨てるには惜しい。変化が急速なため、そんな無用の知識はどんどん貯まっていく。未来においては、無用知識を処理するビジネスが出てくるだろう。物置に入って行って整理したり、いい知識を探し出したり、古い知識をリサイクルして新しいものに変えたりするようなビジネスだ。コンサルタントかもしれないし、データベースやソフトウェアとなるかもしれない。
――さて、この「40の変化」は国家や企業向けに役立つ指針だが、この変化に対して個人はどう準備すればいいのか。
急速な変化の中で生き残るために、個人は変化を見定めて賢く対応しなければならない。目を見開いて、世界で起きていることを理解する必要がある。もっと旅行して方々へ出かけ、たくさんの本を読まなければならない。世界の出来事の点と点を結びつけるために、幅広い理解力が求められるからだ。そうすることによって、そこに機会を見出すことが可能になり、この変化を恐怖として捉えるのではなく、歓迎すべきものとして捉えることができるはずだ。
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